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見えなかったものが突然見えた「朝鮮王朝の絵画と日本」展~静岡 [絵画]

静岡県立美術館に行ってきました。
「朝鮮王朝の絵画と日本」という企画展を見に。
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展示物の入れ替えがかなり多いので、どうかな、と思ったのですが、質量ともに満足のいく展覧会でした。
遠方から行く価値はあるし、近くの人なら、入れ替えを考慮して、何度か足を運ぶのもよいかも。
一般料金900円ですが、2回目以降は半券を見せると団体料金の700円が適用されるようです。

内容は中心は朝鮮王朝の朝鮮絵画ですが、高麗仏画が数点と、日本と朝鮮かがの関わりということで、日本の作品も多数ありました。
(シロウトの直観的な感触ですが、高麗仏画の影響はその後の日本画に長く影響を及ぼし続けている感じがあります)

展覧会の中心テーマは朝鮮絵画と日本絵画の関連について、なので、似ている部分、花鳥や翎毛(レイモウ=鳥獣)の絵が中心に取り上げられていましたが、山水も点数も多く、わたしが今回の展覧会で一番興味をひかれた部分でした。
もしかして、山水が面白いと思えなければ、ちょっと物足りなく感じるかもしれません。

私にとっても、もし、1週間前にこれを見に行っていたら、残念に思っていたかもしれません。
というのも、わたし、突然、山水の見方が分かったんですね。ただし、日本のものはまだ、分かっていませんが、中国・朝鮮のものに関しては、分かったんだろう、と思います。
なにせ、突然、見えるようになったんですよね。
例えるならば、3Dアートってあるでしょう? 単なる模様が、視線をある一点に合わせると、突如立体感のあるものが見えて来るという。あれに近い錯覚が起るんですよ。朝鮮・中国の山水を見ていると。それも、体感を伴う、いわゆる、リアルな感じで。
でも、これは、現物を見た場合だけに起こります。印刷物を見ても、その感じはまるで起こりません。

その、キーワードとなったのが、今読んでる『日本美術の見方』(戸田禎佑著 角川書店)の中に出てくる「空間のイリュージョンの表現と立体表現への執念」という言葉。
イリュージョンを感じようと絵を見ると、面白いぐらい、奥行きが見えてくる。それも、単に自分と切り離された奥行きではなく、自分が中に取り込まれるような感覚が起こるのね。近景から中景、そして遠景へと、絵の中を移動することができるのですよ。
一枚一枚の絵に没入する楽しさを存分に楽しみました。
ところで、日本人の画家のものにはこのような錯覚は起こらないんですよね。作者名を見なくてもそれは明白で、これこそ、東アジア的なものとしては括ることのできない日本的な特徴だということができると思います。
朝鮮では、すんなりと受け入れられたものが日本においては無視、あるいは拒否されている、ということなんですね。
まさか、日本の画家がそのイリュージョンに気がつかなかったなんてわけはないだろうし、リアルに対する嗜好の差のようなものがあるのかもしれない、というようなことを思っています。
とはいえ、中国・朝鮮の山水を見た後に日本の山水を見てみると、確かに、今までは見えなかったものが見えるように思うのですが、こちらの方は、まだあいまいで、やっぱり「日本的なもの」については謎として残っているのですが。何となく感じる部分はあるのですが、それは、まだまだ見極めないといけない部分なんでしょう。

ともかくお勧めの展覧会でした。
静岡県立美術館での展示は3月29日まで。
その後、仙台(4月17日~5月24日)岡山(6月5日~7月12日)と巡回するようです。




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