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鑑賞099「勇」 [百題百日2008]

本日は99日目。「勇」の題の歌の鑑賞です。
この題も、言葉からイメージが広がるよりも、題にとらわれてしまいがちな題だったのではないでしょうか。

それでは、1首ずつ読んで行きます。
まずは形容詞の形で詠まれた歌から。
「勇ましい」とか「勇ましくない」といった判断は現代の社会ではあまり用いられないのではないかな。

我妻俊樹 (vaccine sale)
パスポート用の写真を撮り溜めて老いぼれになってゆく勇ましく
パスポートの写真は数カ月以内に撮影したもの、という決まりがあるから、あまり古いものは使えないと思うが、そういう規定のないものでは、よく、いつの写真?と思われるものを見かけることがある。紳士録的な写真つきの名簿なんて、そりゃあ、すごいもの。
そんな用途のために撮りだめた写真だろうが、それを「勇ましく」というのは、どう考えてもアイロニー。

次は、勇気の歌。
勇気を詠んだ歌は多かったが、似たり寄ったりのものが多かった。

やすたけまり (すぎな野原をあるいてゆけば)
手を挙げる勇気がなくて校庭の真上にのぼる気球をみてた
小学校、あるいは中学校時代を回想しての歌だろう。
たとえば自分がやりたい事があって、それをする人を募集するような場面。
ただ、手をあげればいいだけなのに、内気な子はそれができないのね。
で、いつも、ためらいなく手を挙げる子に持っていかれる。
ごめんね。私はいつも掻っ攫う方だった。こんな歌を読むと、その頃の自分を思い出して、心が痛い。

続いて、武勇伝、勇者。

拓哉人形 (銀鱗歌)
安っぽいその武勇伝 我ひとり奪うことさえできぬあなたの
武勇伝の歌も何首かあったが、どうも人の武勇伝というのはやっかいなものだったり、聞くに堪えないものだったりするようだ。
「我ひとり奪うことさえできぬあなた」の武勇伝なのだから、二人の間の強者弱者はあきらか。
この「あなた」がおもしろいのね。自分の立場の弱さを自覚していて、ちょっとでも優位に立とうと武勇伝などをするのだが、すっかり見透かされている。

南 葦太 (「謙虚」という字を書けぬほど)
ヒゲ面の勇者が何度助けてもお姫様には危機感が無い
初期のテレビゲームはこのパターンだった。
「ヒゲ面」と形容されたら、なんだか悪者の感じがしてしまうのね。単に状況に対しての危機感だけではなく勇者に対する危機感もないぞ、と言っているようだ。
王子様が狼に変身!なんて連想が働く。

最後は、人名、動物。

大辻隆弘 (大辻隆弘 題詠100首のために)
おとがひはほそく淋しきかげを曳きあご勇とふひとりありにき
アゴをネタにする芸人は何人も出ては消えてゆく。あご勇も一時はよく知られた芸人だったが、今ではそう言えば、そんな芸人さんがいたっけ、と思い出す程度だろう。
そんな現在を思わせるような上句だ。
とはいえ、現在でも芸能活動はされているようだが。

井関広志 (はじめの家)
幻の一人称をくくり上げ重きに抗う勇魚(いさな)獲り綱
一人称に関しては、考えても考えても正体がつかめないものなのだが、それにもかかわらず、ずっしりと手におもる存在。
それは鯨にも似ているかもしれない。




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コメント 2

すぎな

掻っ攫う、でしたか……(笑)

私はちいさいときは全然挙げられない子だったのに、どっかでかわってきた感じです。

比喩でなくなんかのイベントで校庭に気球がきたこともありました。希望者は乗れたのにそのときは勇気がなかった……めったにないチャンスだったのにとやや後悔しています。

鑑賞ゴール、秒読みですね。どきどき。
by すぎな (2009-02-16 17:15) 

kiriko

すぎなさん、
先ほど最後の鑑賞をアップしました。
お付き合いくださいまして、ありがとうございました(ぺこり)

それにしても・・・
気球に乗れるのに、手が挙げられなかったばっかりに!
それは、惜しすぎる!
でも、そんなことが重なって、変わってきたのでしょうね。

私のほうも、なんでも、搔っ攫ってばっかりじゃ、さすがにマズイと思ったのでしょうか、最近は、手を挙げるのが、むしろ苦手な方になってきました。
by kiriko (2009-02-16 21:19) 

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