So-net無料ブログ作成
検索選択

鑑賞098「地下」 [百題百日2008]

本日98番目の題は「地下」。
今日は面白い歌が多かったです。「地下」と言う言葉そのものが持つ、イメージの豊富さに加え、他の語と合わせた時に、また、別の特有のイメージを呼ぶ言葉でもあるように思いました。

酒井景二郎 (F.S.D.)
秋葉原無限階段登る程むしろ地下へと向かふ氣がして
私自身、秋葉原には行ったことがない。でも、秋葉原界隈のビルを上がっている時には、こんな感じがするのだろうな、と思える。
たぶん、雑多な商品が並ぶ、迷路のような場所なのだろう。
身体は上の方向へ向かっているはずなのに、こころはどうも下の方、それも地下へ向かっているように感じられるのは、どんどん周りの世界から閉ざされていくように思えるからなのかな。

斉藤そよ (photover)
まだ何か生めるでしょうか ひたひたと地下を流れるむこうみずから
「むこうみず」は「向こう見ず」 なのだが、その中に「水」を呼び込むことにより、「むこうみず」の性格を、より、作者の意図する、具体的なイメージへ導いている歌。
普通イメージされる単発的な「向こう見ず」ならば、あまり何かを生み出す感じはないのだが、この「むこうみず」には脈々と流れる力があり、それを可能とするような気がする。初句二句の、まだ何のことか分からないまま、はっと立ち止まらせる問いも素敵だ。

ME1 (FILL mobile)  
地下水に浮かぶまぁるい月覗き 井戸は生きてる 過疎の峠で
/ちかすいにうかぶまぁるいつきのぞきいどはいきてるかそのとうげで
井戸の水と言えば静止したものだと思いがちだが、実は違うのね。水脈の一部なのだ。点ではなく、脈々と続くラインの一部。
その発見が井戸の水を違ったものに見せてくれる。
歌の意味は作中の人物が月の浮かぶ井戸を覗き込んで、人がほとんど使わなくなった井戸でも、水脈を伝って新しい水が流れ込み、生きているんだな、と実感した、と言うことだろうと思うのだが、主語がよく分からないことや、省略された部分のせいで、ちょっと不鮮明。もう少し推敲できるように思う。

橘 みちよ (夜間飛行)
パイプより地下水を撒き雪を消すわが雪国のみちの赤錆
その土地で営まれている、暮らしのための作業がその土地特有の風景を作る。
地下水に含まれる鉄分が道路の赤錆となって残るのだろう。

萱野芙蓉 (Willow Pillow)
南へと去る太陽のひほひかも地下貯蔵庫へ林檎をはこぶ
(いざ、感想を書こうと思ったら、「ひほひ」なんですね。てっきり「にほひ」だと思い込んで読んでいたのだが。間違っているかもしれないが、「にほひ」と言う風に理解して鑑賞します)。
林檎の匂いを「太陽のひほひかも」と捉えられているので、嗅覚に訴える歌、と思われそうだが、そうではないと思う。嗅覚を手掛かりに触覚が導き出されている歌だと思った。
この歌は「南へと去る太陽」「地下貯蔵庫へ林檎を運ぶ」と二つの場所と二つの動きが対比的に並べられている。その中で太陽の去るところが「南」なのだが、これが、温かさをイメージさせられる言葉だと思うのね。そして「にほひ」から、空気を意識させられる。太陽が移動するに従って、温かさがぐーっと移動していくような感じがするのね。そして、林檎は太陽と重ねられている。こちらもまた、温かい空気を纏って地下貯蔵庫へと運ばれるのだ。ここで、林檎も林檎そのものというより、その温かい空気が貯蔵庫の方へ移動していくような錯覚が生まれる。
冬の間、太陽の温かさを保ったまま、林檎は貯蔵庫にあるのだろう、と思う。

原 梓 (題詠blog百首を走る。)
地下書庫に半時間ほども居ればもう冷え冷えと文字は指を浸しぬ
建物の地下部分はなぜだか、体の芯まで冷えるような気がする。
下句が、指先のかじかんでいく様子をうまく伝える。
二句、字余りにしてまでも置かれた「も」。しかも、避けられることの方が多い「も」があえて使われているが、これがなければ、この、覆いかぶさるような重圧感は感じないように思う。

里坂季夜 (コトノハオウコク)
おひさまが苦手な種類の言葉だけ茂る地下室 扉は閉じて
冬季鬱病、というのがあるぐらいだからなあ。日の光をさえぎる場所ではそのような言葉は育ちやすい。
言葉を植物のように「茂る」と表現されていることにより、概念的な物が具体的な姿を結ぶ。

ほたる (ほたるノオト)
デパ地下のガラスケースは幸せの賞味期限のラベルを付ける
ガラスケースにラベルが直接付いているかのように読めるが、中の商品に、だろう。
食べてしまえば、終わる幸せだが、食べなくても、すぐに期限は切れる。
そんなものが幸せか、と問われそうだが、確かにその間は幸せだし、他の幸せなんか、知らないもの、と言うことなのね。

水野加奈 (水の中)
地下をゆく電車のために階段はわたしをのせて動きはじめる
最近は人が近づいたのをセンサーで感知してから動き出すエスカレーターが多くなった。
三句以降、何のことだと一瞬思わせておいてから、少し遅れて理解する、という時間差がエスカレーターが動き出すときのちょっといた時間のずれと重なり面白いが、それ以上に面白いと思ったのは、二句の「電車のために」。一見、利用者の「わたし」のためにあるような装置なのだが、結局はスムーズに電車に詰め込まれるため。
自分が工場の中で加工されていく製品のように思われてくる。

梅田啓子 (今日のうた)
地下足袋にペダルこぐ老いわれを抜く荷台に鍬を一本積みて
地下も、足袋と会えわせると、全く違うイメージのものとなる。
少し田舎の光景。自転車の荷台から伸びる、鍬がユーモラス。
元気なお年寄りというのは、見ていて気持ちのいいものだ。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。