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鑑賞094「沈黙」 [百題百日2008]

今日、94日目の鑑賞は「沈黙」です。
いろんなところに沈黙は降りてくる。
沈黙した場で考えることも、いろいろ。

今日の鑑賞はほぼ、トラックバックされた順に。

西中眞二郎 (しなやかに、したたかに、無責任に・・・西中眞二郎雑記帳)
沈黙のしばし続けり不用意に余計なことを我は言いしか
たいがいの人が体験する沈黙だろう。相手の口数が急に減った原因に思いを巡らせて行き当たる、さっきの自分の言葉。
しまったと思う瞬間だ。そのまま知らんぷりを決め込むか、それとなく挽回をはかろうか。
よくある一瞬をうまく選びとられていると思う。
でも、相手のいるところでそれに気づければ、対策はとれるが、わたしの場合、鈍いので、たいがいは別れた後で、自分の失態に気付く。こうなると、もう、下手な言い訳は状況を悪くするだけなので、たいがいは気づかなかったことにする。困ったものだ。

佐藤紀子 (encantada)
沈黙は金でも銀でもない時代自分の言葉で自分を護る
格言を時代と絡め、うまく詠み込んだ歌だと思う。
たしかに、自分の責任外のことは、きっちりと言葉にする必要がある場面が増えたような気がする。
社会の余裕のなさなんでしょうかね。
でも、信頼関係の成り立っている場では、今もなお、その格言は生きているように思いますが。

伊藤なつと (やわらかいと納豆2008)
沈黙を保ったままで四日間あなたとならば暮らしていける
喧嘩した後、四日間、口をきかないでいる恋人の歌だろう。
一般的にはどちらかが折れて、丸く収める、というのが仲直りの王道だと思うが、そういうのが嫌な人間もいるからねえ。
必ずしも、それが通るとは限らない。お互いに意地っ張りな自分と相手に、問題解決の方式が似ている相手、だと認識したのだろう。喧嘩中でもどこか通いあう部分のある、心地よさもある気がする。

遠藤しなもん (忘れちゃった。)
2秒でも沈黙したら負けそうでパンツの色の話までした
会話が途切れるのを避けたい気持ちは多くの人に共通する心理だろう。しかし、その沈黙をどうとらえるかは人により、それぞれで、個性が出る。「負けそう」というのは相手にではなく、自分に、なんじゃないかな。自分のペースが乱れると、出したくもない、自分の素の部分が出てしまう、って感じかも。
2秒というのが絶妙。1秒で黄信号が灯るので、何でもいいから口に出しちゃう2秒直前なのだ。

幸くみこ (わらびもち食べたい)
沈黙をただ断ちたくて掃除機の不具合なんかをだらだら話す
この歌の沈黙は前の歌に比べて、もう少し長い。この許容できる沈黙の長さは相手との関係の安定度によるところも大きそう。
しかし、沈黙が避けたいものであり、詰まんない話でも、沈黙よりはまし、という心持は共通。その話の内容が作中の人物のキャラクターや生活を語る。この場合は夫婦の会話なんでしょうかね。

ひぐらしひなつ (エデンの廃園)
沈黙のひかりのなかに重ねあう折鶴ふかく俯きながら
多くの場合、祈りを込めて折られる鶴。そのせいか、大人になって折る鶴は子供のころよりも深く、首を折るようになった気がする。祈りの気持ちにあふれる光の中で折り鶴はみな、深く俯いている。

久野はすみ (ぺんぺん100%)
さっきまで賑やかだった鍋もまた沈黙のなか今日を終わりぬ
この鍋は調理用の鍋よりも、土鍋などの、皆でつつき合うものがふさわしいだろう。
楽しい晩餐も終わり、人は一人に戻り、鍋もまた、冷えてゆく一日の終りだ。


カー・イーブン (ほぼ31音)
撃沈に次ぐ撃沈に次ぐ撃沈黙殺したい俺ばかりいる
沈/黙と、題の途中に意味の区切りを設けた歌。
何でもない歌のようだが、自分の描き方が面白いと思った。
「僕ばかり」と複数の自分の姿が思い浮かべられているのだが、撃沈したシーンをいくつも集めて、たとえばパソコンモニターに並べて表示しているようなイメージが浮かぶ。一度に表示されたら、へこむよなあ。
自らをもう一人の自分、と見る視点は昔からあるのだが、イメージの表示させ方が現代的だと思った。


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