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感想091「渇」 [百題百日2008]

今日は91番目の題「渇」です。鑑賞も、残り10題、もうちょっとです。もうしばらく、お付き合いください。
今日の題の「渇」はおなじみですが、精神的な状態を表現するのに用いてしまいやすい題のように思いますが、ちょっと過剰な表現になりやすいような気がします。
また、喩にストレートに使うと、使い古された比喩のようになってしまい、精彩を欠く歌になりやすい、という側面がありますし、具体的な物の渇いているところを詠んでも、ああ、精神的な渇きが言いたいのね、と記号のように読まれ易いことにも注意しないといけないように思いました。

それでは、1首ごとの鑑賞です。

新井蜜 (暗黒星雲)
渇いてるひとの集まるドトールの大テーブル香川ヒサ読む
どのドトールにもあるってわけじゃないけど、ドトールの大テーブルって、独特な空気を作っている空間だと思う。
4人掛けの相席や、カウンターでは落ち着かないのに、同じように知らない人がすぐそばに居ても、不思議と落ち着く場所だと思う。
この他人との距離感が香川ヒサの歌の世界と響き合うのね。
ただ、初句二句が説明的で、言いすぎの感あり。題、なんですがね。

柚木 良 (舌のうえには答えがでてる)
桃色の爪を磨いて妹は渇きの海を知らない身体
まだ、大人になりきっていない妹、と読んだ。
体の隅々にいたるまで、溢れることはあっても、不足することのない水を含んだ妹の身体。
自らの失った若さへの賞賛の歌だが、少しばかり《妹萌え》の気配も漂う。
ただ、二句の「て」の接続がいくぶん、不安定な感じがするように思うのだけど、どうかな。

帯一鐘信 (シンガー短歌ライター)
くちびるをみているうちに渇いてくフェンスをのぼる朝顔みたく
下句より、上下に引き伸ばされるような渇きを思い浮かべる。
ストップをかけている渇望は変な方向に体を引き延ばす。

沼尻つた子 (つたいあるけ)
乾きより渇き 枯らしてしまいたるペチュニア鉢の土のかさかさ
ふつう、土がかわくという時には「乾」の文字を使うのだが、それでは納得できない作中の人物。
カサカサとした土に満たされない渇望のようなものを見ているのだろう。そして、それは作中人物の心理がそう見せているのだ。

五十嵐きよみ (晴れ、ときどきため息まじり)
ひとしきり騒いだ記憶をたぐりつつ朝の真水で渇きを癒す
飲みすぎた翌朝は大量に水を欲しがる体が残される。
そんな時の身体は、面白いほど素直に水を吸収する感じがする。
細胞が端々からよみがえるにしたがって、記憶が数珠つなぎに出てくる朝の様子だ。
(ただし、飲みすぎるとこうはいかないですけどね。再生不可能な過去の時間が壁のように立ちはだかる…。)

斉藤そよ (photover)
ふれあったかたちのままで渇きゆく秋に帰化する野花 それから
この「渇」が「乾」であれば、どこか遠いところからやってきた野の花がたちがれてドライフラワー状になりつつも、根はそのまま生き残り秋にはその地に帰化するという風に読めるのだが、ここでは「渇」の字が使われている。満たされない思いに苦しむ秋そのものなのだ。
それを察した野の花は、その地に、ではなく、秋という存在に自らを帰化させる、と作中話者は見ているのだ。身近な自然に寄り添う思考が心地よく、最後の」それから」がひどくやさしい

近藤かすみ  (気まぐれ徒然かすみ草)
飲むほどに渇き増しゆく秋の夜半母の写真はほほゑむばかり
すでにこの世にはいないお母様なのだろう。
一般的に、母と娘は若い頃には対立することがあっても、歳月を重ねるに従い、親しくなっていくものである。しかし早くに亡くなってしまうと、その後の、もっと親しくなれたはずの時間は、母子の間に流れない。母が生きていると、ついつい鬱陶しくなるアドバイスも、いらっしゃらないとなると、受けたくなるものなのかもしれない。私がその立場だったら、お母さんだったら、こんな時にどう言うだろう、なんて想像をしてしまいそうな気がする。しかし、何かがあっても、娘はお酒を少し飲むぐらいしかできなくって、母親は写真の中で微笑んでくれているだけ。作中の人物は、ますます寂しくなるのだ。


kei (シプレノート)
渇水期があるから満ちるときがある薔薇の香りを包み込む部屋
渇水にひび割れた土に水が吸い込まれゆくのを思い起こせば、心の渇きも沁み渡るように満ちていく時が来るということが信じられる気がする。
作中の人物は、今まさに渇水期を抜けだそうとする段階にあるのだ、と下句から感じられる。


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コメント 2

soyo*

きりこさん。きりこさん。
とってもご無沙汰してしまいました。斉藤そよです。
この場所で、きりこさんに触れていただけたこと、
ほんとうにほんとうにありがたいことでした。
とくに、この 秋に帰化する野花の歌は
自分にとってもだいじなだいじなものだったので
こんなにも丁寧に読んでいただき、かんむりょうです。
たいへんな作業をつづけられていて
……すごいすごいと感心しつつ
ただただありがたく思っています。
by soyo* (2009-02-07 20:21) 

kiriko

そよさん、おひさしぶりです。
また、そよさんの歌と出会えて、とてもうれしいです。
以前から好きだったそよさんの歌ですが、以前によりも、草花をはじめとする、自然とのかかわりが、より深くなった、というか、より一体となっている部分が多くなっているように感じています。
そよさんのかかわり方が変わってきているのか、私自身がより深く、そよさんの世界に入り込んでいるのか、その両方なのかは分かりませんが、一段と好きになってしまいました。
by kiriko (2009-02-07 22:20) 

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