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鑑賞082「研」 [百題百日2008]

今日82日目の題は「研」です。
動詞だと、「とぐ」あるいは「みがく」。
辞書を引くとどちらも、研ぐ/磨ぐ、研く/磨くと出ていると思いますが、間違いじゃないならOK、ってものでもないと思います。どちらがより、ふさわしいか、を考えなければいけない言葉じゃないですか?
歌の中でも、これは「磨」の方がふさわしいだろう、と思われるものがありました。

まず最初は、その、動詞の歌から。

髭彦 (雪の朝ぼくは突然歌いたくなった)
包丁を研ぎてトマトを切る幸の小さくあれど幸の幸なる
普段に使う食材のうち、刃の切れ味が一番顕著に表れるのがトマトだ。少し切れ味が鈍って来ると、とたんにトマトの皮の部分が抵抗しだす。
そういう状態の刃を研ぎ、ふたたびよく切れるようになった包丁でトマトを切ると、気持ちがよいほど、すっと刃が吸い込まれるように入る。
このときの幸福感は、小さいものだけれど、見過ごすことのできない幸福感だ。
「幸」が3度も使われているのに、オーバーな表現とは思わず、自然だと感じるのは、食という、生きていく上で根幹にかかわる行為のせいなのだろうか。

内田かおり (深い海から)
指の間に白く尖った音乗せて薄刃研ぎ出すひとりの厨
上句の比喩がいい。特に「指の間」がなるほどと思う。一人きりの厨でその「指の間」に全神経を集中しているのだ。

082:研(大辻隆弘) (大辻隆弘 題詠100首のために)
一穂の燭のほのほを研ぐごとく机上に闇はくだりきたりぬ
「一穂」は、いっすい。(また、読み方を忘れて、調べちゃったよ)
蝋燭の炎と闇の鬩ぎ合い。数ある光の中でも、蝋燭の光と闇との境にはとりわけ強い緊張感がある。それは、時折揺れる動きのせいなのだろうか。
そして、その光と闇の間に自らの精神が置かれるのだ。ひとり蝋燭を前にすると、人は心の深い部分へと誘われる。

我妻俊樹 (vaccine sale)
研磨してひとのかたちをうしなってゆくのがこわい くらい うれしい
こちらは「磨」と組み合わせた動詞を詠み込んだ歌。
研磨されて、ようやく人間に近づいて来たのかな、というのが人生後半部にいる私の思いだが、若い人たちにとっては「ひとのかたちをうしなっていく」ことに思えるだろう。かくいう私も昔はそのように思っていた。
どちらの立場にしても「うれしい」部分はあるだろうが、内容は決定的に違う。この歌の「うれしい」は大きな恐怖を前にしての「うれしい」なのだ。逃れられない怪物のような存在の前に飲み込まれようとしながら感じる「うれしい」である。いくつかの恐怖小説が思い浮かぶ。それを一層明確にしているのがその直前に挟まれた「くらい」だ。何が暗いのか説明されていない、ただの暗さが放り出すように置かれていると感じるのだ。

続いて「研」の字が名詞の中に使われている歌から。
「研究」にかかわる言葉を詠んだ歌がほとんどでした。

桑原憂太郎 (桑原憂太郎の短歌Blog)
手に持ちぬ研究紀要の紙質の良さに気持ちの移りゆく昼
研究紀要の内容から、物質としての側面に心が移って行く場面を詠んだ歌。
内容から、心が離れていっていることがうかがえる。
初句「持ちぬ」だと終止形で意味を考えると不自然。連体形とすべきところではないかと思う。

夏椿 (夏椿)
色のなき花野のやうな癌研にわれよりわれを知る医師が笑む
初句2句は作中人物の心理状態に従った比喩。華やかなはずの風景も「色のなき」と思える精神状態にいるのだろう。
ある一面にすぎなくても、重大な一面を「われよりも」よく知る医師、という存在を、不思議なものを見るように、ながめる作中人物なのだ。



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コメント 2

ボッテガ バッグ

鑑賞082「研」:きりころじっく2:So-netブログ
by ボッテガ バッグ (2013-04-26 02:10) 

バーバリーブルーレーベル

突然訪問します失礼しました。あなたのブログはとてもすばらしいです、本当に感心しました!
by バーバリーブルーレーベル (2013-08-03 19:15) 

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