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鑑賞045「楽譜」 [百題百日2008]

本日の題は「楽譜」です。
楽譜なんて、縁がないなあ、と困った人も多いのでは。親しい人には馴染みのあるものだけれど、学校の音楽の教科書に載ってたあれね、といった程度の記憶しかない人もいるだろうなと思います。馴染みのないものは比喩にも使いづらいし、困られたんではないかかと思います。その困った挙句の歌、というのが結構ありました。

まずは、実際の楽譜を詠み込んだ歌から。
このタイプの歌は、作中の人物の動作が歌のリアリティを生むものが多かった。

斉藤そよ (photover)
とんとんと楽譜のかどを揃えるとぽとんぽとんとオルゴール鳴る
紙をそろえる動作はコピー用紙だって同じはずなのだが、楽譜をそろえるときには心の持ちようが違う。
なるほど、「ぽとんぽとんとオルゴール鳴る」は納得できるなあ。

大辻隆弘 (大辻隆弘 題詠100首のために)
君が弾く楽譜をそつとめくりたいきみの左にしづかに立つて
楽譜をめくるなんて、大した仕事じゃなさそうに見えるが、実は、かなり神経を使う仕事のようだ。
演奏者にとってベストのタイミングでめくるには、相当のスキルが要求される。演奏者とぴったり呼吸を合わせているんだろうなあ、と思う。それも、自分の呼吸に合わせることは全く要求しない。そして、まったくスポットライトの当たらない仕事。
下句からあらわれてくる作中人物の様子が、いいなあ。

夏椿 (夏椿)
いつせいに飛び立つ鳥の音させて体育館に繰らるる楽譜
一枚だけめくる時には小さな音しか立てない楽譜だけれど、大人数ともなると大きな音がする。しかも、人によってベストなタイミングがちがうので、その大きさも微妙に変わる。その音に注目すれば、そうだ、鳥が飛び立つところが見えるようだ。

楽譜から広がる幻想の歌。

久野はすみ (ぺんぺん100%)
ダル・セーニョまたダル・セーニョ永遠に楽譜を廻る金管楽器
楽譜の檻に閉じ込められた音楽。
金管楽器でなければならないか、ということが問題となるだろうが、眩暈のような感覚は金管楽器だからこそ。

こはく (プラシーボ)
トレモロで紡ぐ楽譜がハルニレの森にひかりをこぼすのだろう
ハルニレのの森には行ったことがないし、群生しているところの実際の姿を思い浮かべることもできないのだけれど、この歌のハルニレの森はイメージできる。
細かい木漏れ日が降るのだろう。

続いては逆に幻の楽譜を想起する歌。

やすたけまり (すぎな野原をあるいてゆけば)
戻れない路地をのぞけばバイエルの楽譜の上の赤い花丸
昔のピアノのお稽古といえば、バイエル・ブルグミュラー・チェルニーなどと決まっていた。
一つの曲に「合格」したら、次の曲に進めるのだけれど、その時に花丸をもらったのだろう。
たぶん、ピアノを習っている近所の子がみんな通うような、庶民的なピアノ教室。
路地の向こうに、ふと、そんな子供時代が見えるような気がしたのだろう。

我妻俊樹 (vaccine sale)
ペディストリアンデッキに立てば交差点は波に裏がえされた楽譜よ
ペデストリアンデッキって何だろう、と思って調べてみた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/
駅前などによく見かける、歩道橋が大きくなったようなものね。これにはそんな名前があったのか。よく知っているものでも、名前を全く知らないことがあるのだなあ。
名前の中の「デッキ」が呼びこむ海のイメージ。そして、交差点の横断歩道が楽譜のようにも見えるのだ。イメージの広がりが心地いい。ちょっとリズムが悪いのが気になるが。

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