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懐かしい器具 [短歌]

筑摩書房の現代短歌全集の第3巻に入っている、片山広子の「翡翠」を読んでいて、こんな歌に出会った。


銀のはさみに砂糖はさみて入れつれば泡うづまきてはや沈みたり  片山広子


一瞬、どういう情景なのか、分らなかったのだけれど、一呼吸おいて、ああ、と気付く。
懐かしい光景だ。若い人ほど、ぴんとこない風景じゃないかなあ。

いまでは、コーヒー紅茶に添えられるのはほとんどが個別包装されたグラニュー糖だろう。
少し高級な店に行ってもスプーンの添えられたコーヒーシュガーの壺が出てくるぐらいだろうか。
でも、昔は喫茶店の砂糖は角砂糖が普通だった。
一般レベルの喫茶店では、スプーンの上に2個の角砂糖が並べて置かれるのが基本パターンだったかしら。その後、甘さ控え目がふつうになって、これは大小の角砂糖の2個セットとなったところが多かったような気がするが。
そして、もう少し高級な店では砂糖壺に角砂糖がたくさん入っているものが各テーブルごとに配されていたのではなかったかなあ、と思う。
この辺の記憶はまだ、子どもだったころの記憶が主なので、あまり確かではないのだけれど。
で、この砂糖壺に入った角砂糖がこの歌の砂糖なんですね。
壺には砂糖をつまむ器具ももちろんのこと添えられていて、それが、この歌の「はさみ」。髪や紙を切る鋏ではなく砂糖を挟むはさみだ。
いまでは本当に使われなくなった器具だけれど、昔は家庭にもあったなあ、と思い出す。
      こんなの。

もちろん、うちにあったのはおしゃれなものではなく、実用的なもので、ピンセットを大きくしたような形だったと思う。


消え去つたものは羞しきひかり持つ器具であつたよ ことばのやうに    希理子


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