So-net無料ブログ作成
検索選択

『時の花びら』 [短歌]

ふと気付くと、道端のえのころぐさは、いつのまにかアキノエノコログサが優勢になっている。この暑さのピークをやり過ごすと、立秋となる。(順調にいけば、だけど)
ところで、いちど、えのころ草の実をクッキーにしたいものだ、と思っているが、果たせずにいる。
というのも、えのころ草の実は熟すとあっという間に落ちてしまう(脱粒)から。
農作物として栽培されるための重要な条件の一つとして、脱粒しにくいことというのがあるのだそうだ。それもそうだろう、と、えのころ草の実の落ちた穂を見てはいつも思う。
最近の雑穀ブームで再度脚光をあびている粟だが、これの原種がじつはエノコログサだということである。脱粒しにくい品種が選抜されたのね。

img007.jpg


さて、戴いた歌集の紹介です。
宮島慶子さんの『時の花びら』飛聲歌集第16篇 青磁社刊。

全体を、Ⅰ「自然を詠ふ」Ⅱ「人事を詠ふ」Ⅲ「くさぐさの想ひを詠ふ」の3部に分け、そのそれぞれがまた、テーマに沿って配置された構成となっている。

そのなかで、特に心に迫ってきたのはⅡの中の、自らの癌の再発とその治癒の歌。
病を契機とする思索が様々な形をとって表現されていて、圧巻である。

・アマデウスは神の寵児の意なりとや神の捨子の名は何といふ

・透き通る風に揺られて立ち尽くす赤き骸骨 野の曼珠沙華

・病とは一人一人の蟻地獄 孤独の穴を奥へと向かふ

・脳深く不安の森を分け行きて常夜灯など置き回らむか

・縦横に傷痕残し病退きぬ夏草繁れ戦の跡に

・ひた走る時の女神の後ろ髪むずと掴めば花びら零る


また、お母様の介護を詠まれた歌も心に残った。

・介護さるる母は鍵穴介護するわれは鍵なり呼吸合ふ時

・それぞれに介護の務め負ひたれば友三人の会ふこと難し

・介護とは心の糸に通したる長く連なる雑用の珠

・明けやらぬ街をつきぬけ息絶えて母は帰りぬ己が住ひに

1首目、描かれていない「呼吸合ふ時」よりもたぶん長いであろう、呼吸の合わない時が思われる。
2首目、長寿社会がもたらしたもののひとつ。私のまわりでも、だんだん増えてきました。
3首目、珠は質量をもつ。ゆえに、長く連なれば連なるほど、重くなる。そして、終わりが見えない。
4首目。現代の終の風景。住み慣れた家で最期を迎えるということは、よほどの幸運でもない限り不可能な時代なのだ。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL:
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。